2014
01.31

遠く離れて暮らす、ということ

Category: 雑記
だいぶ長い間、更新がストップしてしまいました。

実は年明けまもなく、私の祖母が亡くなりました。
バタバタが通り過ぎた後もなんとなくこちらに来る気力がわかず、こんなに時間があいてしまいました。コメントやメッセージを下さっていた皆様、お返事もせずにごめんなさい。


夫を早くに亡くし、女手ひとつで6男1女を育て上げた祖母は、96歳の大往生でした。大卒が決して当たり前ではなかった時代に子供全員を県外の大学に出し卒業させた、すごい人でした。上の伯父達の支えや苦労もあったと思いますが、それでも並大抵の根性ではできないことだと思います。
大人になり、自分も家庭を持ってはじめて、祖母のすごさに気付いたものでした。


週末だったこともあって、祖母の通夜と葬儀には何十人もの親族が久しぶりに集い、とても賑やかなものとなりました。

祖母の訃報を受けて遠方から帰省したので、私が祖母に対面したのはお清めの儀式の直前でした。祖母の遺体を前に死を受け入れる間もなくお清めが始まり、清められる祖母を間近に見ながら私は静かに泣きました。
お清めの後お化粧をしてもらった祖母はとても綺麗で、私が小さい頃に見ていた祖母の年頃に若返ったように見えました。

幸せなことに、私はこれまで近しい血縁者を亡くした経験がなく(夫の親族の葬儀には出たことがありますが)、すべてが初めての経験でした。会えば必ずたくさんおしゃべりをしていた人が、もの言わず微動だにせずひたすら横たわっているのはなんだか嘘みたいで、よくいろんな人が死者を見て「寝ているように見える」とよく言うのはこういうことなのかと、妙に納得したものです。
ひと通りの儀式に立ちあうと、悲しみが深く自分の中に入り込んでくるとともに、心が死を受け入れていくものなのですね。

けれど、これがもっと近しい人・・たとえば夫や両親や兄弟だったら。とてもこんなにすんなり受け入れることはできないだろうと思います。

でもふと、親元を離れて暮らすということはそういうことなのだと実感しました。私と夫の実家は、それぞれ最短でも移動に半日ほどかかる距離にあります。
何かあってからしか逢えない。私達はそういう暮らしをしているのだと、今さら実感しました。分かってはいたつもりだったけど、あらためてそう気づきました。

夫の家も私の家も、兄弟は全員家を出ています。もし両親が介護状態になってしまったら誰が面倒を見るのか。身体の異変に気付いてあげられる機会もなく、ある日突然悲しい知らせが来てしまうのではないか。
今まで漠然と考えてきたことでしたが、そういうことをリアルに考えるべき年令になったのだと思います。

何かあってから、受け止めきれるのか。自信はありません。まったく。
でも、人生すべて思うようにすることはできないけれど、いざというときにせめて後悔の少ない人生でありたいものです。そう心がけて暮らしていこうと思いました。
だからといって、具体的に何をどうしようということはすぐに思いつかないのですが・・。


祖母が亡くなってから半月以上たちましたが、いい歳して、いまだに思い出すと涙が止まりません。

おばあちゃん、どうか安らかに。



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