2015
03.11

「非日常」は「日常」の延長にある

Category: 雑記
あの出来事から、もう4年も経ったのですね。
時が経つのはほんとうに早い。

ちょうどあの日、上司が東日本に日帰り出張をしていました。
翌日に大切な仕事を控えていたので
どうしてもその日のうちにこちら(西日本)に戻らなければならなかった上司。
揺れから数時間後にようやくつながった電話でまっさきに言われたのは、

「電車もバスも止まっていてすぐに空港まで行けない。
 搭乗便を最終便に変更しておいてほしい。」

ということでした。

テレビやネットで流れ始めた津波や火災の映像を見ていた私からしたら
「もはやそんな状況じゃない。今日のうちに帰れるわけない。」
という感じで、すでに「非日常」を実感していたのですが、
ああいう時、情報の入ってこない当事者にとっては
目の前で起こっている事態は、「日常の延長」でしかないのですよね。

外出先で停電や断水の不便もすぐには感じられなくて
情報も入ってこず、とりあえず家族の無事が確認できれば、少なくとも私は
「けっこう揺れが大きかったし、しばらく携帯つながらないだろうな~」
と、「日常の延長」を過ごしてしまうような気がします。

「このあとお客さんとのアポがあるのに遅れたらどうしよう」 とか
「今夜のデート、電車が止まって待ち合わせ場所に行けなかったらやだな」 とか
「夕飯の買い物に行こうと思ってたのに」 とか、
『そんなこと考える前に逃げて!避難場所を確保して!』
というのは、客観的に見られるほど離れた場所にいるから言えること。

でも、当事者になった時に「日常」からいかにすぐに頭を切り替えられるか、
いかに想像力を働かせられるか、で生死が分かれることもあります。
あの震災を目の当たりにして気付けたことです。
あの惨事をリアルタイムで目にしたこの記憶を
自分にも次の世代にも活かしていかないといけないなぁと思います。


とりあえず、自分でできる対策はできる範囲でやる。
震災後、わが家では家具家電の転倒防止と
防災リュック・非常食の用意などをしました。
今となっては基本だと思うそんなことにも
4年前まではまったく気を配っていなかったんですよね。

そして、やった後にその意識と備えを維持することも大切。

防災リュックには簡易的な非常食や水も入れていますが、
定期的にチェックしないと賞味期限が切れていることも。

今はまだこの時期になると
マスコミやネットで震災の話題が取り上げられることが多いので、
「そろそろチェックしないと」と気付かされる良い機会になっていますが、
20年後、30年後、震災の記憶が風化してしまうだろう時になっても
自分の中できちんとこの思いを保っていくことが大事だなと思います。

これって意外と難しいと思うんですよね。たぶん。
でも、それを続けて、さらに震災を知らない世代にもその思いを伝えていくことが
遠巻きにもあの震災をリアルタイムで経験した私達が
負うべきことなのだと思います。


というようなことを考えていて、
ふとしばらくチェックしていなかった非常食の存在を思い出しました。



水を注ぐだけでご飯ができるというもの。

私は食への欲求がとても大きいのと
普段、あまりインスタント食品やお菓子類を食べつけないので
非常時に、カップ麺やクラッカーなどの食事が続くと
それだけで気が滅入ってしまうなぁと思うんです。
だから、こういう「食事」らしいものはとても嬉しい。

1ダースを箱買いして、一部はリュックに、残りは食器棚の上に保管しています。
棚の上には物を置かない主義なんですが、これは別モノ。


でもこれ、賞味期限が5年もあるんですよね。
だから、買ったっきり安心しちゃっていました。
チェックすると、賞味期限はまだ2年以上先。よかったー。

来年になったら新しい箱を買って、今あるものはちょっとずつ食べて消費しようかな。
けっこう美味しそうだし。

そうやって、備えたものを何事もなく消費できる日々が続くのが一番良いのですけどね。
生きている地球で暮らしている以上、それは夢物語なわけで。
地殻変動や隕石衝突や数多の気候変動なんかを繰り返してきた、
そんなところで私は暮らしているわけです。
いつ何があってもおかしくない。

日々の平穏な暮らしに感謝です。


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